つながるコラム「絆」 vol.83 海士町 ・ ロドリゲス拓海さん


ロドリゲス 拓海さん(27歳)
隠岐どうぜん地区本部
移住者から、受け入れる立場へ

隠岐諸島のひとつ中ノ島・海士町。近年は若者たちの移住先として注目され、人の流れが活発化しています。東京で生まれ育ったロドリゲスさんも移住者のひとり。大学生の時にインターンシップで訪れ、公営塾の講師として町の教育事業に携わっていました。2年の期間終了と同時に、世間はコロナ禍に突入。東京に戻るか迷った末に、島に残ることを選択しました。
ロドリゲスさんは、2020年から一般財団法人島前ふるさと魅力化財団に就職し、「大人の島留学」という制度の運営を担当。「大人の島留学」とは、最長1年間働きながら島で暮らすお試し移住制度のこと。「始まって4年間で、延べ400人がこの制度を利用しています。移住を促進するというよりは、まずは島に来て暮らしを体験してもらうことが目的です」とロドリゲスさん。今度は自分が移住者を受け入れる立場として、アドバイスや支援を行っています。結果的に留学後も島に残る若者もいて、制度として大きな成果を上げています。
手探りで始めたブドウ栽培

留学生の住まいには空き家が活用されています。住居の確保や管理を担当しているロドリゲスさんに、ある時「家を貸したいけど、隣にある農園の管理もしてくれないか」との提案が。それは、ブドウの生産をしていたけど島を離れる予定の人からでした。もともと農業に興味があったロドリゲスさんは「やってみたい!」と快諾。そうは言っても、農業を本格的にやるのは初めてです。ブドウの樹を引き継いだ時には、実がなる状態だったものの、露路栽培のため病気にかかりやすく、大雨や台風、暑すぎる天候など課題が山積みでした。前の生産者にまとめてもらった生産記録を頼りに、町内の農家の方やJAの職員に相談したり、防除の仕方をインターネットで調べたりと、一から手探りで始めていきました。
そんな努力の甲斐もあり、2年目からはきれいな実をつけることに成功。地域の商店や学校給食、レストランなどに出荷できる状態になりました。地域の方から「おいしかったよ!また生のブドウが食べられるようになって嬉しい」と声をかけられるようになりました。
自分で生み出すことが楽しい

東京で生まれ育ったロドリゲスさんが、利便性が良いとは言えない離島の暮らしを続ける理由とは。「都会だと『できたモノをどう使うか』という考えになりがちですが、ここに来てから『どうやってモノを作り出していくか』ということがおもしろくて。それがまさに農業かもしれません」と言います。続けて「農業は動いた分だけ、結果が返ってくる。手にとって自分の頑張りがわかりますし、周りの人の評価も感じやすい」と、やりがいや喜びを実感しやすいのが島での農業の魅力だと語ります。
継続できる農業の仕組みを

ふるさと魅力化財団での仕事の傍ら、ブドウをはじめ、米や野菜などの生産に取り組むロドリゲスさん。農業を体験したいという留学生に、仕事として農作業や出荷作業を手伝ってもらっています。ロドリゲスさんは「留学制度は最長1年なので、どうしても人の入れ替わりがありますが、組織として継続できる農業の仕組みを作っていけたら」と語ります。高齢化が進む一方で、海士町では早くから取り組んできた移住者支援や制度により、若い人たちが入ってきやすい雰囲気があります。それを強みに、"色んな人たちが関わりながら持続できる農業"を目指しているそう。「同じ土地で農業をやり続けるのはハードルが高いですが、少しでも農業に興味がある人が気軽に体験できる場所や体制があれば」とロドリゲスさん。「今はその仕組み作りの最中。土台がしっかりできて、安定的に出荷ができる状態を保てれば、次は品質にもこだわっていきたい」と言い、利益が出て経済的に余裕ができればハウスを建てたり、作付面積を広げたりなど、さらなる目標も明確です。
ほっと一息する癒しの時間

忙しい毎日の中でも、家で自家焙煎のコーヒーを淹れて飲む時間が最高の癒しだと語るロドリゲスさん。自分で取り寄せた豆を、自前の焙煎機で挽く本格派。そんな趣味が高じて、露店販売の営業許可を取得し、月一回開催される島のマルシェでコーヒーショップとして出店することもあるのだとか。地域の人たちにも、挽きたての良い香りを楽しんでもらっているそう。
海士町の農業に新しい景色を作りたい

縁あって突然始めることになったブドウ栽培ですが、「ブドウってすごく奥が深いんです。仕立て方を少し工夫するだけで味に変化が出ますし」と今ではすっかりと楽しさを見出しているロドリゲスさん。将来はワイン作りにも意欲を見せています。また、町やJAと連携しながら商品を生み出し、ブランド化していくことにも興味があり「島だと面積に限りがあるし、販路もある程度決まっています。だからこそ、その弱みを逆手に取って離島ならではの販売戦略を生み出していきたい」と、期待に胸を膨らませています。 人手不足により農業にもIT化が広がる中、あえて逆を求める動きも出てくるのではないかと予想するロドリゲスさん。「もっと非効率で情緒的な仕事をしたいと思う人たちも絶対いるはず。その人たちの受け皿となり、『島』『小規模』『気軽に』というキーワードを軸にして、ここでの農業のやり方を模索し続けたい」と語ります。 ロドリゲスさんが新たに提案する方法が、賛同した若者たちの選択肢の一つになれば。これからの海士町に、また新しい景色が広がっていくかもしれません。