つながるコラム「絆」 vol.81 奥出雲町 ・ 大石亘太さん

雲南地区本部

みんなが笑顔になれる場所づくりを

大石 亘太さん(39歳)

雲南地区本部

人間より牛が優先の世界観に憧れて

 斐伊川の上流に位置する尾原ダム。すぐそばにある「ダムの見える牧場」では、38頭の牛たちが草原の中で悠々自適に暮らしています。 牧場主の大石さんは松江市出身で、動物に関わる仕事に就きたいと広島大学生物生産学部に進学。在学中に隠岐の知夫村を旅した際、一般道に寝そべっていた牛の姿に衝撃を受けたそう。「"人間より牛の方が優先の世界観"に心を動かされました」と大石さん。人と牛が共存する非日常の光景を目の当たりにしたことがきっかけで、放牧に興味を持ち始めました。畜産業の多くの人が「酪農の世界は厳しくて大変だよ」と口にする中、放牧を行っている人からは「仕事が楽しい」といつもポジティブな話を耳にすることが多かったといいます。そんな放牧への憧れは強まり、いつか自分もやってみたいという想いがどんどん芽生えていきました。

思い描いたチャンスが目の前に

 大学卒業後は、牧場に住み込みで勉強をしながらアルバイトに行く生活を経験。その後、山口県の畜産振興協会に就職し、主に補助事業の事務や酪農教育ファーム活動に関わります。転機が訪れたのは26歳の時。雲南市の木次乳業有限会社(以下、木次乳業)が、"いずれ独立を志す放牧での新規就農者"を募集していることを知ります。以前、調査研究のため木次乳業に1ヶ月間滞在していた縁もあり、すぐに応募を決意。「放牧が条件に含まれている募集はかなり珍しい。まさか地元の島根でこんなに自分の希望と合う場所があるなんて」と大石さん。運命を感じ移住した奥出雲町で、夢見た酪農家としてのスタートを切りました。

牧場を一から作りあげる

のちに牧場となる場所は、ダム建設の残土処分場。大石さんが来た時にはまだ何もなく、木次乳業の職員に手伝ってもらいながら自分たちの手で牧場づくりを行いました。中古の機材を揃え、できるだけ初期投資を削減。大石さんは「牧場を一から作るなんて、なかなか経験できない」と笑いながら振り返ります。別の牧場で牛の勉強をしながら、2年がかりで牧場を囲う柵が完成。2014年、ついに「ダムの見える牧場」を始動させました。

困難にも前向きに取り組む

まずは酪農を引退する農家から買い取った牛たちを、放牧しながら育てようと思っていた大石さん。しかし、ずっと牛舎で生活をしてきた牛にとって、外での暮らしは大きなストレスに。病気にも感染しやすく次々に牛たちが死んでいき、当初から困難に直面しました。その後は、牛を外に出すのをやめ、牛舎の扉を開けっぱなしにしておくことで変化が見られるようなったといいます。「だんだん牛が変わっていって、若い牛を中心に外へ出ていくようになりました」と話す大石さん。それから数年、牛たちは朝夕2回の搾乳時以外、それぞれ自分たちの好きな場所で自由に暮らしています。

のどかな風景を作り出すのが放牧の魅力

豊かな自然の中でゆっくりと歩き回る牛たち。時間が止まったかのような、こののどかな風景を作り出せるのが、放牧の最大の魅力だと語る大石さん。牧場は一般道に沿っているので、すぐそばで牛を見ることができ、地元の人の暮らしに溶け込んでいるよう。まさに、知夫村で見た牛が主体の生活を作り出しています。また、小学校や保育園などの子どもたちの体験活動も積極的に行い、酪農やこの地域のことを知ってもらうことにも貢献しています。大石さんがこの活動を大切にするのは、前職で「酪農教育ファーム」に携わっていた時に感じた面白さから。「子どもたちが喜んでくれるのはもちろん、先生や学校関係者、さらに実施している酪農家にとっても得られるものがあるし、何より楽しいんです!」と大石さん。誰もが喜ぶこの活動で、たくさんの子どもたちに酪農という職業について知ってもらい、興味を持ってもらえたらと語ります。

趣味は"聴くこと"

酪農といえば、一年休みなく牛の世話をする大変な仕事です。それでも大石さんは「好きでやっていますから」と笑い飛ばします。日中は、ラジオやユーチューブの音声を聴きながら牛の世話をすることも。「最近は、ポッドキャストやオーディオブックでお気に入りの番組や小説を聴いているので、息抜きにもなっています」と語ります。家に帰ると、中学生と小学生になる3人の子どもたちと一緒に、ゲームを楽しんでいるそう。

みんなが笑顔になれる場所づくりを

今後は、牛乳を使って加工品の製造・販売にチャレンジしたいという大石さん。「ずっとやりたいと言っているんですが、なかなか実現することが難しくて。でも、いつかこの場所でソフトクリームやプリンなどの飲食スペースを作りたいですね」と熱意を持ち続けています。この自然いっぱいのロケーションの中で、牛と触れ合い、美味しいものが食べられるようにするのが夢。大石さんは放牧を通して、みんなが集まり笑顔になれるような場所づくりを目指しています。



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