つながるコラム「絆」 vol.75 松江市八束町 ・ 松本悠太さん
松本 悠太さん(35歳)
くにびき地区本部
伝統が途絶える危機感からの決意
島根県と鳥取県にまたがる汽水湖・中海に浮かぶ大根島。ここでは、生産量日本一を誇る牡丹の栽培が盛んです。島内の牡丹栽培は約300年前から始まったとされ、今も数カ所の牡丹園が存在しています。
その中の牡丹園のひとつ「松本農園」で、すべての業務に携わる松本さん。20代前半の頃にデザインを学んだ後、地元の会社に就職し、社内のあらゆる制作物のデザインをする仕事をしていました。
転機が訪れたのは、当時付き合っていた奥さんの実家へ挨拶に行った時。それまで家業のことは聞いていましたが、松本さんは「服のボタンの工場かな?」と勘違いしていたほど牡丹について知らなかったそう。初めて花であることを知り、さらにお義父さんの「大根島の牡丹栽培は、高齢化によって衰退の一途を辿っている。後継者もおらず、このままでは日本一どころか、生産を続けることも難しい」という言葉に衝撃を受けたと言います。「長年の伝統が途絶える危機感を覚えた」と当時を振り返る松本さん。
その時働いていた会社も、自分たちで生産し、商品を生み出し、販売していく6次産業に取り組んでいたこともあり、今までの知識が何か役に立つかもしれないと、徐々に自分が受け継ぐ決意に変わっていきました。平成23年の結婚を機に大根島へ移住し、1年間の研修を経て、平成25年に松本農園の跡取りとして就農しました。
5年の歳月をかけて育てあげる牡丹
通常、春が見頃ですが、お正月に飾ると縁起が良いとされる牡丹。そのため、ちょうどお正月に花が咲くよう、冷蔵庫などで寝かせておく抑制栽培を行い、年末に合わせ最も良い状態にする技術が必要とされます。また、牡丹は花を鑑賞できるようになるまで最短でも5年ほどかかり、非常に長い年月をかけて育てられています。 まずは芍薬の台木を2年かけて育て、3年目にその木と牡丹の穂(芽)の接ぎ木を行います。こうすることで、芍薬の力を借りて成長速度を何年も早めることができるそう。そして、さらに2年かけてやっと成木に成長します。松本さんは、「最初は理解するのが難しかったけど、5年の成長サイクルを一通り経験した時にようやくコツがつかめてきた」と話しました。
それほど手間暇かけて作られる牡丹ですが、一輪の花を綺麗に鑑賞できるのは約3日間だけ。しかし、その一瞬の華やかな姿は、花火のようにインパクトが強く、ずっと人々の脳裏に記憶として残り続けます。そんな牡丹に魅了されたファンが全国に多くいます。「最初はお客さんに質問されても、答えられなかったんです。悔しさから猛勉強しました」と語る松本さん。今では、誰にも負けないくらい牡丹の知識を積み上げています。感性と技術を活かしながら情報発信を
松本さんが牡丹の栽培を始めてから身を持って感じたのは、牡丹に関する情報が圧倒的に少ないことだそう。どんな品種があって、どういう育て方や管理をしたらいいのかわからないというお客さんも多いのだそう。その要望に応えたいと、ホームページをはじめ、インスタグラムやfacebookなどで情報を発信し続けています。それには、「花が美しく咲く3日間に至るまでの、牡丹のストーリーも知ってほしい」という思いも込められています。前職で培った技術を活かしながら、誰が見てもわかりやすい発信を心がけています。
体が資本の仕事だからこそ、子どもと運動で体力作り
牡丹に携わるようになってから、頭の中は常に牡丹のことでいっぱいだという松本さん。プライベートでは2児の父として、休みがほとんどない中でも、作業の合間に子どもたちと関わる時間を大切にしています。近所の公園でサッカーをしたり、最近では親子でバドミントンクラブに加入したりして週1回汗を流しているそう。
県花をもっと多くの人に喜んでもらいたい
島根の県花として位置付けられている牡丹ですが、特に若い人たちにはあまり知られておらず、生産自体も徐々に衰退しています。松本さんは「もっとたくさんの人に見てもらい、喜んでもらいたい」と話しました。最近では、JAと松江大根島牡丹協議会が行う「花育活動」に参加。先日は金沢と京都の小学校を訪問し、自分で作った紙芝居でわかりやすく紹介した後、児童たちと一緒に苗を植えたそう。こうして、周りの人たちとも協力し、全国への発信も積極的に取り組んでいます。
今後は、新たな品種を増やし、1,000種類を育てることが目標。その一方で、江戸時代から農家や愛好家によって伝え続けられた古典品種も大切にしたい気持ちも強い松本さん。「やはり昔の品種は、今の牡丹にはない良さがあるんです」とあらゆる所から古い品種を収集し、種を守り続けています。
長い年月をかけ、たくさんの人の手が加わることで、心を揺さぶるような情景を生み出す牡丹の花。春にはたくさんの花々が咲き誇る牡丹園を楽しんでもらいたいと、松本さんは日々邁進し続けています。