つながるコラム「絆」 vol.73 雲南市木次町 ・ 瀬尾正明さん
瀬尾 正明さん(72歳)
雲南地区本部
柚子を町の特産に
近くを斐伊川が流れ、神話にゆかりのある地として知られている雲南市木次町西日登地区。瀬尾さんは、この自然豊かな場所で家族とともに柚子を栽培しています。旧木次町時代に「柚子を町の特産品にしよう」と行政とJAが取り組みを始めた頃、瀬尾さんの先代である父の豊さんも挑戦してみようと、退職後に植栽しました。瀬尾家の農地は、比較的平らで南向きだったこと、また、トラックが入るほどのスペースがあり作業がしやすく、柚子の栽培にとても適しており、現在は、60アール・約250本の柚子の樹に加え、90本の西条柿、梅、栗などを育て、米作りも行っています。
信頼関係から作られる特別な柚子
品質には定評があり、先代の頃から玉造温泉の旅館の食事に使われている瀬尾家の柚子。当時、奥さんの恵子さんが料理長から頼まれて作った「柚香(ゆこう)」は、柚子の皮を炊いたもので、柔らかく、香り高い上品な逸品です。現在も高級旅館のおせち料理に使われており、毎年欠かせない存在となっています。
先代が亡くなり、瀬尾さんが受け継いだ柚子栽培と、恵子さんが作り続ける柚香の味。今でも旅館へ納め続けられているのは、先代が道をつけてくれたおかげと語ります。「みなさんに信頼してもらっているから、良いものを届けたい」と、瀬尾さんと恵子さんは丁寧に作り上げています。品質や味が一流なのはもちろんのこと、毎年同じように依頼されるのは、周りの人との信頼関係があるからこそ。そんな特別な柚子は、食べる人の心を惹きつけます。
手間であっても、こだわりを持って作り続ける
瀬尾さんはより良い土壌を作るため、毎年試行錯誤しながらさまざまな方法を試しています。稲作においても斐伊川土手の草を持ってきて腐らせ、米糠を混ぜ堆肥を一から作るなど、土作りには余念がありません。柚子栽培では、地面に足跡がつくくらいの柔らかさが最適で、それが柚子の皮の柔らかさにも影響してくるのだそう。「手抜きができないのは、僕の性格だから」と笑う瀬尾さん。また、どうしても害虫対策のために薬剤を使用する必要がありますが、できるだけ低農薬で安心・安全なものを作ることを心がけています。
そして、柚子栽培にとって大切なのが剪定作業。果実同士が擦りあって傷が付かないようにすることや、どんどん上に伸びていく樹を、自分の背の高さに合うよう計算して切る、間隔を開けて切るなど、収穫のしやすさを考えながら剪定していくことが重要だといいます。
地域の産業を支える立場として
雲南市柚子生産組合では、毎年剪定の講習会を開催しています。そこでは、瀬尾さん自らが使ってみて良かった「のこ」などの道具を勧めたり、どうしたら作業がしやすくなるかアドバイスも行っています。高齢化によって減り続けている組合のメンバーですが、こうした取り組みや働きかけによって、少しでも長く続けてもらえるようにと組合長の立場としても地域の産業を支えています。
楽しみながら生きること
農業を続けていく秘訣は「楽しむこと」と笑顔で語る瀬尾さん夫妻。恵子さんは、得意の料理をはじめ、スポーツやショッピングなど多くの趣味で忙しそうです。中でも「おしゃべりが一番!」と話し、色々な人が家に来ては、夕ご飯をご馳走することも。今は、お孫さんたちと身近に農業に触れ合っていける環境に感謝しながら、忙しい毎日をとことん謳歌しています。
そんな恵子さんは、農家に嫁いだ同じ境遇の人たちに向けた講演を行った経験もあります。「私も非農家からここに嫁いできました。『農業はきつい、なんでこんなことをしなきゃいけないのか』と思ったら、それで終わりです。そうではなくて、一度きりの人生、自分で楽しいことを見つけていかないと」と前向きな考えを持つことを伝え続けています。
自分のやりたいことで達成感を得る
「農業は自分の考えを持ってやっていくことも大事」だと語る瀬尾さん。自分の作りたいものや、やり方にこだわりを持って取り組んでいくことで、できた時の達成感を得ることが農業の面白さであり、続けていける理由でもあると言います。
少子高齢化により、農業離れが加速している今。瀬尾さんは、なんとか現状を維持するためにも、立場上、行政などと積極的にやり取りし、農家の意見を少しでも受け止めてもらおうと思いを伝えています。瀬尾さんを突き動かすのは「すべて良い方向に向いてほしい」という思いがあるから。厳しい農業の世界であっても、その中で自分ができることや楽しみを見つけ、明かりの見える方へ進んでいきたいと夫妻で支え合いながら農業を続けています。