つながるコラム「絆」 vol.67 安来市 ・ 砂流 啓二さん

やすぎ地区本部

酪農家になれたことを誇りに感じます。

砂流 啓二さん(68歳)

やすぎ地区本部

一人旅の先に人生を変える出会いが

 安来市を流れる飯梨川のふもとにある砂流牧場は、1962年に先代が子牛1頭を飼うところから経営がスタート。その後、娘の裕美子さんと結婚した啓二さんが後を継ぎ、今では約100頭の乳牛を飼育する牧場になりました。
結婚前、会社員だった啓二さんは趣味の一人旅で北海道を訪れ、牧場での仕事を5日間体験。その時感じた自分の力不足と、もともと農業に興味があったことなどから、会社を辞めてその牧場で本格的に働くことを決意しました。働き始めて2年が経った頃、牧場主からのすすめもあり、アメリカで研修することになった啓二さん。英語も喋れない上に、慣れない牛の飼育も失敗の連続でした。

アメリカでの経験が今に繋がっている

 もともと専門的に酪農を勉強したことがなかった啓二さん。研修先では子牛の哺乳に失敗し、死んでいく30頭の子牛を見守りながら挫折を味わいました。それでも、ボスからは「問題ない。君だけのせいではない。君は一生懸命やっている」と励ましてもらったといいます。「あの時ボスが帰れと言っていたら、自分は今酪農家になっていない」と振り返る啓二さん。アメリカでは技術はもちろん、相手の気持ちを見極めながら人を指導し育てていくことを学びました。1年間の研修を経て帰国し地元に戻った啓二さんは、縁あって砂流牧場を手伝うことになり、その後、裕美子さんと結婚。アメリカでの経験や知識を活かしながら、自分なりの酪農を続けてきました。

地域の一員としてできることを

酪農をする上で重要なのが、地域住民の理解。「ここは土手があって、牛の声が跳ね返ってきます。きっとみなさんに迷惑をかけています」と話す啓二さん。だからこそ、地域のことは率先してやるように心掛けているそう。時には近所の人を牧場に招いてBBQをしたり、地域の役も積極的に引き受けたりと、この場所で経営を続けられる感謝の気持ちから周囲への気配りも大切にしています。
 また、十数メートルほどの高さの竹林が広がっていた河川敷を整備し、牧草作りもしている啓二さん。有機の堆肥を散布し、化学肥料や農薬を使わず安全・安心なエサを作ることも目的の一つですが、地域の景観を保つためにも耕作を続けています。「こうした環境づくりにも貢献できるのが畜産農家の強み」と、自分にできることを認識しながら地域の活動にも取り組んでいます。

効率と安全のために機械を開発

 試行錯誤しながら、状況を改善していこうと仕事に向き合う啓二さん。効率化や安全性のために、自分で機械を開発することもあるのだとか。中でも、子牛の出産時に介助する機械は、特許を取得した自信作。市販の分娩介助用機械は、子牛の前足を紐でくくり四連滑車で人が引っ張るものが一般的ですが、その際どうしても母牛から離れる必要があります。ひとりでお産を介助することが多い啓二さんは「母牛のそばにいられるように」と、子牛を引っ張る機械を開発しました。また、引っ張る際には相当な力が必要でしたが、この機械で牽引することで、女性や高齢の方でもひとりで介助できるようになりました。「とても便利ですし、必要な酪農家の方がいるはずです。そういう方たちの助けになれば」と話しました。

作ったもので人に喜んでもらう

アイデアを形にしていくことが好きな啓二さん。木工やガーデニングが趣味で、庭は常にたくさんの花で彩られています。牧場にあるピザ窯はスタッフの手作りで、地域の集まりや子ども会などの行事に使われることも。自分たちが作ったもので、人に喜んでもらうことが楽しみの一つでもあります。

どんなに厳しい状況であっても

物価高の影響で飼料代や燃料費の値上がりが続き、畜産業界も大きな打撃を受けています。「酪農家が一人廃業することによって、飼料を作る営農法人や燃料を売るガソリンスタンドなど、地域産業も衰退していく恐れがある」と将来を案じる啓二さんですが、そんな中でも嬉しい出来事が。毎年地元の中学校で行う酪農講座で、生徒の一人から「将来酪農家になりたいが、自分に今何ができますか?」と質問が。啓二さんは「君たちが大人になった時に牛乳やバターがない世の中にならないためにも、畜産の大切さを理解し、それをみんなに広めること」と答えました。さらに、今年小学生になるお孫さんは"おじいちゃんのように牛を飼いたい"と牛飼いの絵を描いたそう。こうして若い世代に興味や希望を持ってもらうことが、啓二さんの活力に繋がっています。
幾度となく危機的な状況を回避してきた啓二さん。絡まった糸が少しずつほどけていくように、どんなに難しいことがあっても、頑張っていればそのうち良くなってくる経験もしてきました。厳しい社会情勢の中、揺れ動く気持ちを持ちながらも、将来の食の安全を守るための歩みを止めてはいけないと、啓二さんの奮闘はもうしばらく続きます。

啓二さんからのメッセージ

 酪農は万能産業です。牛は、飼料用米や加工食品から出るカス類と稲わらなどを食べて牛乳や肉に代える。主食用米の需要減少の中で、飼料用米作りは水田活用や農地維持につながる。やっかいなもみ殻は牛の寝床として使ったり、糞と混ぜたりすることで良質な堆肥となり再利用できる。牛乳からは生活に欠かせないチーズやバター、ヨーグルト、アイスが作られる。また、乳牛は受精卵移植で和牛子牛を産む。最後には肉となり、皮まで利用させてくれる「循環型農業」の最たる産業だと私は考えています。
世の中の経済活動の柱となる牛たちに魅了され、酪農家になれたことを誇りに感じます。



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