つながるコラム「絆」 vol.52 安来市久白町・板持浩二さん
板持浩二さん(58才)
やすぎ地区本部
4代100年続く梨農家に新たな風を
県内最大の梨産地である安来市。板持さんも所属するやすぎ梨生産部会は、現在23戸の農家で構成され「二十世紀」や「新興」など様々な品種の梨を栽培しています。板持さんは70アールの畑で、「二十世紀」を中心に「新興」「あたご」など7種の梨を栽培しています。
板持家は4代続く梨農家。今でも曾祖父が植栽した梨の木は健在で、樹齢111年を数えます。板持さんは、伝統ある梨栽培を引き継ぐだけでなく、アイデアと実行力で新たな風を起こしています。IT会社の経営という、もう一つの顔も農業に対する「気づき」に繋がっているとおっしゃいます。
梨栽培には1年を要す
梨の栽培は、冬の剪定作業から始まります。この剪定が梨の出来を決める重要な作業です。技術、経験を必要とし見極めが難しく、特に雪の降る山間地での立ち作業はとても厳しく大変です。4月に入り梨は開花の季節を迎えます。確実に結実させるため、人の手で人工授粉を施します。その後5月から6月にかけて、果実の成長を促すとともに、樹勢を衰えさせないため摘果作業を行い、袋掛けをします。袋掛けは梨の表面を傷や虫から守り、きれいな梨を作るための大切な作業の一つです。
品種によって異なりますが、8月中旬から11月頃まで収穫は続きます。収穫した梨は、りんを切り、ひとつずつ丁寧にキャップに入れ、箱に詰めていきます。丹精込めた梨は部会で運営する選果場へ出荷したり、道の駅や個人で販売したりしています。梨は食味や食感も品種によりさまざまで、8月から1月頃まで長く楽しんでもらえます。
音楽で梨に良い環境作り
やすぎ梨生産部会では、剪定講習会や現地研修会などを通じて品質の良い梨づくりに努めていますが、板持さんは、更に音楽というスパイスを梨栽培に取り入れます。6月から9月の間、梨の成長期にスピーカーで畑に流します。まずはモーツァルト、穏やかでリラックス効果を生み出します。そして、板持流の六甲おろしです。「もちろん阪神の大ファンですが、それだけでなくモーツァルトとは対極の音楽で、程よいストレスを与え、バランスの良い梨作りのため必要だと考えている」と板持さんは話します。
無し(梨)は「まちがい」を付けると強い肯定に
板持さんは、数々のアイデア商品を販売してきました。まずは阪神ファンということもあり「阪神タイガース優勝まちがい梨」。球団や甲子園球場にも承認を得た商品で、内箱は甲子園の窓の数にまで拘ったものです。そして、受験生の合格を祈った「合格まちがい梨」があります。松江市の菅原天満宮で祈祷を受けた苗木から栽培、収穫したもので、合格の文字が印刷されています。神社を模した専用箱への拘りも強く、しめ縄は職人に極小サイズのものを作ってもらったそうです。全ての商品には、「まちがいなし(梨)」という板持さんの想いが込められています。
20年続く梨畑の課外授業
父親の代から、安来市立荒島小学校3年生に課外授業を行っています。畑には3年生の木があり、児童らは毎年観察、収穫など梨栽培を実体験で学んでいます。「小学校の学習発表会の本番前に、自分のためだけに発表してくれたことに感動した」と嬉しそうな表情で話す板持さん。「自分の子どもたちも参加していた」と懐かしそうに振り返ります。
本格派のランナー
板持さんは10年ほど前からマラソンを始めました。「きっかけは健康診断。40代半ばからの遅咲きランナーです」と笑います。ウルトラマラソンや、2年前にはニューヨークシティマラソンにも参加し、フルマラソンを完走しました。天気の良い昼休みには、6Kmを走るのを日課としています。そして今年は、長年続けてきた小学生への梨の課外授業などが評価され、東京2020オリンピックの聖火ランナーにも選ばれ、トーチを持って走る夢も実現されました。
とにかくプラス思考で
梨農家、会社経営、マラソンランナーと様々な顔をもつ板持さん。「困難を乗り越え、達成感を得られるという共通点がある」と、全てに前向きに取り組んでいます。色々なところで話す機会がある板持さんは、①2歩踏み出す②一つのものに二つ以上のアイデアを凝らすと世界に一つだけのものになる③いずれの道も正解――を「板持語録」として伝えています。「安来の美味しい梨をもっと知ってもらうためにも、新しい『まちがい梨』をいつも考えている」と目を輝かせる板持さん。マラソンなどで培った「最後まで諦めないハート」を武器に、これからも走り続けます。