つながるコラム「絆」 vol.101 大田市 ・ 芝尾充秀さん


大田市 ・ 芝尾充秀さん
石見銀山地区本部
瓦づくりから、アスパラガス栽培へ

幼い頃から家業の現場が身近にあった芝尾さん。高校卒業後は愛知県の瓦製造機械メーカーで約3年間勤務し、その後、実家の株式会社シバオへ。社員として瓦事業に携わってきました。
転機が訪れたのは2020年頃。瓦の需要が落ち込む中、近隣のアスパラガス農家との交流や、兼業農家だった社員の話をきっかけに、アスパラガス栽培での農業参入を模索し始めました。補助金申請を進めながら、農業への一歩を踏み出していきました。
火災を乗り越え、動き出した農業部門

そんな矢先の2022年、瓦工場で火災が発生。操業不能となり、社員の多くを解雇せざるを得ない状況に追い込まれました。それでも、農業計画を続行することを決意。「兄と話し、ここでやめるという選択肢はなかった」と振り返る芝尾さん。前向きな決断の裏には、「本当にできるのか」という不安もあったといいます。
そして2024年、瓦事業の再建とともに、事業は三部門に分社化。瓦部門を「瓦百景」、粘土部門を「古百景」、農業部門を「彩百景」として新たにスタートを切りました。芝尾さんが彩百景の代表に、楫部さんが現場リーダーに就きました。
自分たちで挑戦した、ハウス建設

楫部さんが一足先に近隣のアスパラガス農家へ通い、栽培方法を学び始めました。まずは、水上町の土地に5棟のハウスを整備。2棟は業者と一緒に、残り3棟は社員たち10人で建てました。芝尾さんは「想像以上に大変だった」と振り返ります。それでも、仲間とともに完成させていく過程は、次第に楽しさへと変わっていきました。その後、長久町にもハウスを建設。現在は、合わせて70アール以上を、パートを含めた11人の体制で管理しています。
アスパラガスの収穫は、時間との勝負

アスパラガスは伸びが速く、朝夕2回の収穫が必要です。「放っておくとすぐに伸びて、品質が落ちてしまう」と話す芝尾さん。昨年は要領がつかめず、朝から晩まで収穫し続けたこともあったのだとか。今年は効率だけでなく、一本一本の長さを揃えて切ることを全員に徹底。丁寧な作業を心がけています。
失敗があったから、今がある

昨年は、褐斑病が発生し、圃場は大きな被害を受けました。マニュアル通りの防除だけでは足りず、天候を見ながら対応するタイミングが必要だと知りました。そういう臨機応変さが足りなかったと振り返ります。冬の間は茎や葉の刈り取り、排水や土の整備にも取り組みました。「もう絶対に病気させたくない」と楫部さん。失敗を次の1年へつなげる時間にしました。
日常の中にある時間

以前は毎週のように三瓶山に登っていた芝尾さんですが、今はなかなか時間が取れません。その代わり、息子さんのスポ少(野球)の応援が息抜きだそう。自分も野球経験者で口を出したくなるけれど、「あまり言わないように気をつけています」と笑います。
製造業で培ったノウハウを、農業へ

芝尾さんが農業を始めて感じたのは、体力的な負担が大きいこと。だからこそ目指すのは、持続可能な農業です。「私たちはずっと製造の現場で、機械化、自動化をやってきました。それを農業にも活かしたい」と芝尾さん。アスパラガスの高畝栽培はその入口でもあります。腰を曲げて作業するより、体への負担が少ない。今後は収量を安定させ、利益を出すことが目標。「できることは自分たちでやる。素人だからこそ、経験して、失敗して。それが良いアイデアにつながる」。その積み重ねが、2人の新しい農業の形をつくっていきます。













