◦住専問題◦ACCJ提言◦農協改革断行◦JA自己改革24 昭和61(1986)年、玉置総務庁長官が、米価運動は農協の圧力行為であると農協を強く批判するとともに、農協への行政監察(直接的には農水省の農協指導に対する監察)を打ち出し、その2年後に実施された。 この年は「農協批判元年」とも言われ、この発言を契機として、マスコミによる農協批判報道が巻き起こった。 1990年代初めのバブル崩壊後、いわゆる「住専問題」において、他の金融機関に先駆けて農協系統への政府の公的資金投入が行われたことから、農協がいわれなき批判を受けた。 今回の農協改革に直接的な影響を与えたのではと言われているのが、平成26(2014)年6月の「在日米国商工会議所(ACCJ)」の提言である。 提言は、「農協信用事業を金融庁規制下に置くべき」「准組合員の利用を規制すべし」「独禁法適用除外を見直すべし」としており、当時の規制改革会議がこの提言の直前にまとめた「農業改革に関する意見」とほぼ同様の内容となっている(なお、ACCJはこれとは別に「共済事業分離」も提言している)。 当時の安倍内閣は、あくまで規制改革会議の意見に沿った「農協改革」であるとし、これを断行した。 それによって、JA全中の法的位置づけが「農協法」から「一般社団法人等に関する法律」に変更され、その権限も大きく制限されたため、当時の全中会長等が辞任する事態ともなった。 JAグループは様々な議論を経た結果、政府による「農協改革」がいわゆる「外圧」によるものかどうかは別として、農協の事業目的を「農業所得の増大に最大限配慮する」とした政府(改正農協法)の考え方は、JAグループ自身の方針と相違しないと整理したうえで、あくまで「自己改革」として取り組みを進めることとし、現在に至っている。 政府主導の農協改革では、5年の「農協改革集中推進期間」を設定してJA自己改革の取組み姿勢・内容を見定めることとされた。 この開始時期については、与党は平成28年4月と考えていたが、規制改革推進会議は、「規制改革実施計画」が取りまとめられた平成26年6月とすべきとし、政府は28年12月の文書で、26年6月とすることを明示した。 この時点ですでに1年半が経過しており、極めてタイトなスケジュールであったが、この後のJAグループの努力が評価され、令和元年5月に、農協改革集中推進期間は無事終了した。 なお、「農協法5年後条項」の期間とは違うことに注意が必要である。農協改革農協改革集中推進期間過去の農協・JAグループに対する批判と「農協改革」に至る経緯◦農協批判元年KeywordKeyword
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